MENU
PR:より良い夫婦時間のために、
プロモーション記事を掲載しています。
より良い夫婦時間のために、プロモーション記事を掲載しています

第七章:解(ほど)きと契り ― 浄化の後の、安らかな眠り

屋根裏に満ちる沈香の煙は、夜が深まるにつれ、二人の肺の奥底まで染み渡る濃密な琥珀色のヴェールとなっていた。

志乃は、飴色の麻縄にその華奢な肢体を委ね、弦一郎の胸元で、生まれて初めて知る「真実の呼吸」を繰り返していた。

その呼吸が、四十年間一度も触れられたことのない魂の襞(ひだ)まで届くのを、彼女は陶酔の中で感じていた。

「あなた……。今、ようやく……私は、私でいられる気がいたします。……この、あなたに包まれている重みが、私の、本当の居場所だったのですね」

その声は、震える陽炎(かげろう)のように儚く、けれど確かな情念の熱を帯びていた。

弦一郎は、彼女の背に回した腕に力を込め、その重みと、縄を通じて伝わってくる拍動を自らの掌に刻みつけた。

……。

「志乃。……そろそろ、解(ほど)こう。……これ以上は、お前の身体に毒だ。……明日の朝、お前がいつものように微笑んでいられるように」

弦一郎の声は、農作業で鍛えられた武骨な響きを捨て、どこか祈りにも似た、慈愛に満ちた静謐さを湛えていた。

志乃は、名残惜しそうに、けれど深く深く、夫の胸に顔を埋めて頷く。

「はい。……あなたの手で、今の私を、日常へと戻してくださいませ。……あなたの指先で、私を……解き放って」

……。

弦一郎は、慎重に、そして壊れやすい宝物を扱うような手つきで、最初の一結びに指をかけた。

指先が結び目に触れるたび、志乃の身体が「くぅ……」と、快い、痺れるような溜息と共に震える。    一巻き、また一巻き。

飴色の縄が、彼女の柔らかな肌から離れるたび、そこには桜色の淡い痕跡が、一筋の道のように浮かび上がっていった。    縄が解かれる瞬間の、志乃の肌が微かに跳ねるような、解放の悦び。

それまで縄の圧力によってせき止められていた血液が、一気に全身を巡り始める。  志乃の身体は、まるで内側から光を放つように、じわりと赤みを帯び、熱を帯びていった。

「ああ……、そこです……。あなたの指が触れるたび、何かが……私の中から流れ出していくようです……」

……。

麻縄の最後の一筋が、彼女の手首から滑り落ち、床板の上に音もなく崩れ落ちた時。

志乃は、重力というものを初めて知った幼子のように、弦一郎の腕の中へと力なく崩れ落ちた。    縄から解放された彼女の肢体は、驚くほど柔らかく、そして温かい。  弦一郎は、その無防備な肩を、大きな、節くれだった掌で包み込んだ。    「志乃……大丈夫か」    「はい……。身体が、羽のように軽うございます。……でも、不思議ですわね。……あんなに重かった縄の感触が、今も、私の肌に……あなたの手の温度として、焼き付いていますの」

志乃は、自らの腕に残った桜色の筋を、愛おしそうになぞった。

それは、四十年の孤独を払い、夫という唯一の理解者を受け入れた、浄化の聖なる刻印。    弦一郎は、解いた縄を、まるで神域の祭具を扱うように丁寧に巻き直し、葛籠(つづら)へと戻した。

それはもう、志乃一人の孤独な逃げ場ではない。  二人の魂を響かせ合う、新しい時代の「楽器」となったのだ。

……。

二人はそのまま、屋根裏の隅に敷かれた薄い布団に、互いの体温を分け合うようにして横たわった。

屋根裏の隙間から、夜の風が蜜柑の花の、甘酸っぱくも瑞々しい香りを運んでくる。  その香りが、残り香となった沈香の重厚さと混ざり合い、二人の周囲に「琥珀色の繭」を再構築していく。

土の時代に縛られ、背中を向けて眠り、言葉を飲み込み続けていた四十年の歳月。

それが今、一枚の毛布の下で、互いの鼓動を聴きながら、静かに、けれど確実に融解していく。    「あなた……。私、明日から、怖くありませんわ。……どんなに『良い妻』を演じていても、この屋根裏に、本当の私が、そしてあなたがいてくださると思うだけで……」

「ああ。……お前の呼吸は、俺が守る。……もう独りで、苦しまなくていいんだ」

弦一郎の武骨な指先が、志乃の細い指に絡みつく。    二人の指先が結ぶ「目に見えない縄」が、彼らをより深く、魂の深淵へと誘っていく。    志乃の穏やかな寝息が、沈香の静寂の中に溶け始め、二人はかつてないほど深く、安らかな眠りへと落ちていった。

……。

……。

ふと、弦一郎の意識が覚醒した。

瞼を透かしてくるのは、白磁の色をした冷ややかな朝の光だ。

手を伸ばした隣の布団には、すでに志乃の姿はなかった。    わずかに残った彼女の体温と、沈香の残り香が、そこが夢ではなかったことを辛うじて証明している。

弦一郎は上体を起こし、まだ重い頭を振った。    その時、階下からギシリ、ギシリと古い階段を踏みしめる音が聞こえてきた。    (志乃か……?)    彼は吸い寄せられるように立ち上がり、屋根裏の入り口へと歩み寄った。

下を向くと、そこには――。    いつもの清潔な、一点の曇りもない真っ白な割烹着を身に纏った志乃が、お盆を持って階段を上がってくるところだった。    朝日が、彼女の背後から差し込み、その輪郭を神々しいまでに白く飛ばしている。    「あら、あなた。起きてしまわれましたか」    志乃は、階段の途中で足を止め、見上げる弦一郎に柔らかな微笑みを向けた。

その表情は、昨日まで彼が知っていた「良き妻」の仮面ではない。    割烹着の襟元から覗く首筋には、昨夜、彼が刻んだあの淡い桜色の痕跡が、誇らしげな紋章のように幽かに透けて見えた。    「今朝は、とびきり良いお茶を淹れましたのよ。……屋根裏で、あなたと二人でいただくのが、一番美味しいかと思いまして」    志乃の指先は、お盆の端をしっかりと、けれど優雅に捉えている。

その指先の動きひとつに、昨夜、麻縄を通じて分かち合った濃密な「調律」の記憶が宿っていた。    彼女は、日常という割烹着を纏いながら、その内側には、昨夜の「風」を大切に閉じ込めているのだ。    弦一郎は、何も言わずに彼女を迎え入れるために、手を差し伸べた。

二人の間に流れる朝の空気は、沈香の記憶とお茶の瑞々しい香りが混じり合い、この古い日本家屋の屋根裏を、この世のどこよりも純粋な聖域へと変えていった。

【守護の約束】安全配慮と免責事項
質感の深淵を歩むには、自らを律する「光」が必要です。
実践に際してのパートナー双方の肉体の安全と、魂の尊厳(精神)を守るための指針を記しました。

旅を始める前に、必ずこちらの[免責事項(守護の約束)]をご一読ください。
全ての実践は、読者ご自身の自由意志と自己責任に基づくものであることを承諾いただいたものとみなします。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次